2026/09/05 12:11

今日は「神は細部に宿る」というお話をさせていただこうと思います。
私は来週の水曜日、9月9日からの1週間、JR名古屋高島屋さんの6階、中央エレベーター前にてポップアップを開催させていただきます。そちらにお持ちするお洋服や、今オーダーをいただいているものがありますので、名古屋に行く前に全て仕上げてから旅立ちたいと思っています。それに向けて、本当に必死にやっているところです。
その中で「神は細部に宿る」という言葉を偶然耳にしました。私は制作しながら、いろんな配信やYouTube、Voicyなどを聞いて学びをするのが好きなんですよね。少し疲れてしまうと音楽を聞いたりもするのですが、やはり何かを聞いていたいという感じで、常に自分の中で学びや「いいな」と思ったものを取り入れていきたいという気持ちがあります。
その中で今日「神は細部に宿る」という言葉が入ってきたので、それを自分ごとのように考えてみようかなと思います。
「神は細部に宿る」を自分なりに捉えると
「神は細部に宿る」という言葉の意味や捉え方はいろいろあると思います。私の中で思ったのは、やはり相手に対する気遣いであったり、誰も見ていないところであっても手を抜かずに努力できるか、ということなのかなと思います。
どんな時も手を抜かないで縫製をする、洋服作りをするということはもちろんですし、お客様への対応も手を抜かないということです。親切さや丁寧さの基準はそれぞれ違うとは思いますが、自分の中で思っている接し方というものがあると思うんです。それをどんな時も同じようにやっていく、ということなのではないかなと、自分の中では思っています。
違う捉え方ももちろんあると思います。例えば洋服作りに関しては、自分の中で一切妥協せず、手を抜かないでやってきていますし、今でもやっています。それが「神は細部に宿る」ということなのかなと、なんとなくですが感じているんですよね。
独学で洋服を作ってきた道のり
簡単にお洋服は作れるものではないですし、私は一からお洋服を作るということを独学でやってきました。学校に行って学んで実践するというのが、やはり一番早いとは思います。ただ私は学生時代にそういうものを専攻しなかったんです。
工学部で情報工学を学んでいたというのもありますし、教員免許を取りたかったので、数学が好きだったこともあり、その時は数学を学んで数学の教師になろうと思っていました。全然畑違いのところに行ってしまったのもありますし、就職してからも機械系のCADの図面を書いていました。
そんな中で、私は洋服作家として歩みたいと思ったのがきっかけで、とにかく手を動かしてきたんですよね。その時に学校に行くということを考えたかというと、それは考えられる状況ではありませんでした。
子供が2人いて、自分も病気をしたりもしましたし、息子が特に病気がちだったということを昨日かおととい話したのですが、そういう状態で実家も遠く、主人も仕事が忙しいという状況でした。私が誰かに子供を預けて学校に通うなどということを考える余裕が1ミリもなかった、というのが正直なところです。
でも、それができないからといって、洋服作家ができないということはないんですよ。やりたいと思ったら、どんどん学びたくなるもので、家にいても学べることはたくさんありますし、いろんなところにヒントは隠れています。とにかく私は縫いました。洋服を縫いました。
洋服作家になりたいということで、洋服を縫おうと思ったんですよね。小物を縫って納めてくださいという取引先があったりしたので、多少はやりました。がま口を縫ったり、当時流行っていた移動ポケットや、幼稚園用のスモック、入園グッズなど、そういうものも経験としてやったことがあり、何百という数をこなしました。
それはそれで売れていってはいたのですが、ある時、私は洋服作家だから洋服だけを縫いたいなと思うようになったんですよね。小物を縫っている時の気持ちと、洋服を縫っている時の気持ちが全然違ったんです。
洋服を縫っている時は何枚縫っても飽きないし、集中が切れないという状態だったのですが、小物は5個ぐらい作るともう飽きてしまうんですよね。だから向いていないなと思って、作ることはできるのですが、それはやらないことにしました。
気持ちが向いた時にkomofバッグのようなものは作りますが、それを本業にしてやろうとは今も思ってはいません。komofの洋服のあくまでもおまけという感じで作っています。
感覚で縫えるようになっても一枚一枚を大切に
そんな中、お洋服を独学でやってきた私がそこにたどり着いた時に思ったのは、どんな時も手を抜いてはいけないということです。だんだん自分の技術が上がってくると、指先の感覚で縫えるようになるんですよね。
技術はどんどん上がり、スピードもどんどん速くなり、一日に何枚縫えるかという量も変わってくるのですが、そんな中でも一枚一枚を大切に縫っていくということは、私は今でもずっとやっています。今日もやっています。
だから「神は細部に宿る」ということは、自分の中でも忘れてはいけない言葉だろうなと思って、今日はお話をしてみました。
相手を思いやるプラスアルファ
人に対する接し方も、もちろんそうなんですよね。当たり前のことができて当たり前なのですが、相手の方を思いやれるプラスアルファができるかということを、私は大切にしたいし、忘れないでいたいなと思うんですよね。
相手が「komofだったらこのぐらいやってくれるだろう」と思うその先のプラスアルファができる人になりたいなと、いつも思っています。だから特にお声をかけていただいた仕事に対しては、自分の中で全力投球するというのも当たり前のことだと思っていますし、さらにプラスアルファで相手に喜んでいただけることを考えています。
それもなかなか難しいんですけどね。自分の思い描いた通りにならないことが毎回ありますし、力及ばずということももちろんあります。それはどうしようもないことではあるのですが、それを意識しているのとしていないのとでは全然違うと私は思っています。
やはり人と人がつながってお仕事をするということだと思うんですよね。その中に思いやりや信頼関係が積み重なっていって、何回かお仕事するうちにお互いのいい関係性ができていきます。
私はいろんなところにお仕事をさせていただきに行きますが、自分が好かれているとか、信頼されているとかということは、結構敏感に感じる方です。そういう方とお仕事をさせていただいた時は、私自身も「次もお願いします」となりますし、相手にも「またkomofに来てもらえませんか」と思ってもらえるような人になりたいなと、いつも思っています。
媚びずに、本当に思っていることだけを
決して媚びを売るとか、お世辞を言うとか、そういうことではないと思っています。むしろ私はそういうことができないので、いつもはっきり物を言ってしまうところがあります。「これは言い過ぎたかな」という時ももちろんあるのですが、嘘がつけないんですよね。自分にも、相手にも。
だから仕事上でも「komofさんってこうやってずけずけ物を言う人なんだ」と思われているかもしれません。でも、そうやって自分を曲げないということも、50になって、忖度やお世辞はやめようと思っているんですよね。
本当に思っていることだけを、このstand.fmでも言おうと思っていますし、お仕事の先方さんに対してもお伝えしようと思っています。聞かれたことは隠さず話そうかなと思っています。取引先の秘密を喋るということは私はしませんし、相手のことは喋りませんが、自分のことであれば隠さずお伝えしてもいいなと、自分では思っています。
だから、いつも見えているところだけをちゃんとやるのではなく、人が見ていないところで、いかに自分はどこまで頑張れるか、丁寧にできるかということを、私は意識していきたいなと思います。
komof 鎌倉 | 40歳からはじめる天然素材のお洋服
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